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久々の更新。

05-04-26_05-32.jpg菊地成孔さんのブルーノートのライブ「コンセール・デギュスタシオン・ア・ジャズ」用の弦の編曲も佳境に入ってきています。後八時間後にはリハーサルが始まるのですが、、、。先ほどある曲の編曲が終わりまして残す所あと一曲です。もう既に脳内編曲は出来ていてガンガンに頭では鳴っているので後はそれを譜面にする所です。先ほどまでわっせわっせかりかりかりかりと鉛筆を走らせていてもう鉛筆を握る力が出なくなってしまいましたので休憩がてら日記を更新しようと思います。

自分は弦の編曲をする時はあまりシンセサイザー等でシミュレーションをしないでいきなり楽譜にしてゆきます。濃厚な響きを必要とする時は特に。弦楽四重奏用に書く時は絶対にいきなり五線紙に向かいます。
これはなんと言うかそのスタイルに憧れてとか懐古趣味でそうしている訳ではなくやはりものすごく繊細な演奏形態だから手で書いてゆくと自然に音がなじむのです。先ほどガンガンに頭で鳴っていると書きましたが、この頭で鳴らしているという状態が自分にはすごく大事で実際に譜面に書き起こすのはそれほど時間がかかりません。書く時はものすごく強烈に集中するので数時間から10時間くらいすると出来上がっています。トイレにも行かない事もよくあります。(体には良くないですね。)
かといってでは、シンセのシミュレーションを全くしないかと言うとそんな事もなくて例えばテンポの一定の物に生の弦を被せるみたいな状況ではいったんオケ(いわゆるバックの音)をコンピューターに取り込んでいろいろ試しながら固めてゆきます。でも最終的には手書き譜面に書き起こします。そうしないとなんと言うか自分の響きにならないというか過去に試行錯誤した結果そうなっている訳です。

なんかこう書くと生音至上主義みたいな感じになってしまいますが、これがまた全く正反対の生っぽさのひとかけらも無いようなアブストラクトな物も大大好きだったりするのです。なんと言っていいか、、、つまりこだわりが無いってやつですか。一言で言えば技法手法はどうだっていいんです。手書きが偉いとも全く思っていません。単にそうしたときに自分の響きに近づけるというだけで。必要な響きがあれば手段はそれほど大きな問題ではないのです。100%コンピューターで作るようなのも勿論好き。Biography(profileのページの下の方)にも書いたりしたのですが基本的に僕は音楽的には雑食です。何でも聴こうとします。(ま〜ヨーデルを好んでは聴きませんが。それでも聴きたくないとは思いません。)しかし好き嫌いはハッキリしていますし好みの幅は狭いです。きっと。

それから弦楽器に関して言えば演奏者は上手な人でないと始まりません。特に小編成の場合。その点で本当に恵まれています。あえて奏者の方々のお名前を書く事は差し控えますがいつもスコアに書かれてあるもの以上の何かを結晶させてくれるのです。この事には感謝をしなくては。

あれ、何だかだらだらと書いてしまった。
さて、最後の曲に取りかかります。では。、、、って誰に向けて言ってるんでしょう。

ちなみに写真は今回使用するある曲のスコア冒頭部分。

それから今日は和声の講義二日目でもありました。学生のみなさん興味を持ってくれているみたいで良い調子ですね。

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posted by nn :

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