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自宅にて。 〜 浄書のこと。
家で菊地成孔さんのアルバム用楽曲の作曲と編曲を進めています。なかなか長い旅ですが。7月の頭に数曲だけでもリハーサルをしようと言うことになっています。あ、そうだ浄書のSさんに電話しなくちゃ。
そう、浄書業(一般的には写譜屋さんと呼ばれています)の方がいなかったら我々手書きでスコアを書く人及び演奏家は困ってしまうのです。普通編曲するときは全ての楽器を見通せる「スコア」という物を書くわけですが、これを一つ一つの楽器毎にパート譜という物を作成してくれるのが浄書屋さんなのです。(コンピューターを使って作っている場合一気にプリントアウトするという便利な機能もありますが。)この浄書屋さん、正に職人芸でして譜面が見やすいと言うことはもちろんのこともし長くなってしまった場合譜めくりを何処でするのかと言うことから場合によってはスコアの書き間違えまで訂正してくれる場合もあるのです。何せ手書きですので時には音を間違えてしまう場合もある。そこを縦の響きから逆算してパート譜を修正してくれる。(自分で言うのも何ですが)自分は書き間違いが殆ど無いのですが、それでも何10ページに1カ所くらいは書き損じがあることがある。そんなときさり気なく直っていることがあるのです。(勿論スコアを直したりするわけではなくあくまでパート譜のみ、の話しです。)とはいえ複雑な響きの部分とかは、間違いだと思うようなところが実は意図的だったりするわけでそんなときは確認の電話がかかってくることもあります。
こんなふうに真の職人芸の方々とお仕事をさせていただくというのもなかなか刺激を得ることです。不思議な物で綺麗な譜面からは綺麗な音が生まれる物です。手書きのスコアが自筆原稿だとすれば浄書という行程は活字を組む/印刷する、と言うことでしょうか。段組が綺麗で印刷も美しい文はそれを語る人(音楽の場合は演奏してくださる方々)にとってストレスが減り最初から確信を突いた物を引き出すことが出来るのです。特に時間の限られているスタジオワークでは意外と重要なことなのではないかな、と思います。とはいえ時に(自分が演奏者その録音に参画する場合)そうでもない譜面も時にはあるのですが、そんなときは編曲者と打ち合わせを密にとってその意図を解釈し発展させ...、という側面もあり、演奏者としての自分にとってはそれもまた楽しいことでもあります。