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何だかご無沙汰

してしまいました。
忙しいときに沢山日記を書くと日記を書かなくなったときに暇なのかと思われてしまうようであながちそれは外れてはいないのだけど、実はそんなことはないんですこんな事もしていましたあんな事もしていました、なんて書くのも気が引けるし、そもそもこの日記は誰に向けて何のために書いているのかと言うことの意味性が希薄なわけなのでそもそもこんな事を考える方がややこしい。そもそも、という言葉が二回続けて出てきているのだけどもそんなことに気を配ると言うこともしないでよいと決めたら気が楽になって、そんなこともあるので年末年始の出来事を今更書くのはもうやめて...と考えたらなおさら急に気が楽になって、つまり結局のところ自分で自分の首を絞めていただけなのだと言うことに気がついた次第です。
最近思い立って「初期のジャズ―その根源と音楽的発展」という本を読んでいた。(この本はたまたま数年前に古本屋で購入。背表紙本になっていたわけです。)この手の本は買ってはみるけどガッツリ読むわけではない。ただある程度聴き進めた後にガイドブック的な物を読むのは楽しい。それから買ったCDなりレコードなりに入っているライナーノーツは結構読んだりしてはぁなるほどと言って意外な音楽の繋がりに驚かされることが多い。非常に青臭い思考なのだけどある種類の音楽を初めて聴くのであれば偶然聴く物の方がインパクトあるしその方が興味が持続するということは自分にはあるような気がする。ジャズを能動的に聴きはじめるきっかけというのも中学生の時にメルディス・モンクと間違えてセロニアス・モンクを買ってしまったことから始まっているし、同じ頃にフランス印象派の音楽を聴きはじめるきっかけも家にあったレコードを聴いていたと言うことよりも山勘でテキトーにジャケット買いををしたジャン=イヴ・ティボーデ の「フランス音楽曲集」だったし。なぜこれが青臭い思考なのかといえば当然そんな風に自分の意志で買ったと思うようなことでも過去の体験中に刷り込みがあることはよくあることなので全てが偶発的に自主的にその作品を手にしたとは言えないということなのだけれど、それにしてもそんな幻想すら音楽を聴くときの楽しみとして奪われてしまうのであればやりきれんなぁというのが正直なところ。そんなわけで僕は未だにアマゾンでCDや本を買ったりすることが出来ないで書店やCD屋さんを巡り巡って買いあさっています。だからCDというメディアが衰退し無くなってしまい音楽が配信のみで供給、みたいなことになったら本当に困る。探していたCDの隣にあるCDにたまたま目が行ってしまってこれも買っておこうと大いなる決心をして買ってみたら大ハズレという楽しみもなくなってしまう。(もちろん大アタリという奇跡もたまにはあるのだけど...。)これは音楽制作に従事しているという事からだけではなく(少なくとも自分のような音楽の買い方の指向性を持っているものにとっては)入り口が閉ざされてしまうと思うくらいに危機感があるわけです。
...そんなわけでBunk Johnson、George Lewis、Hoagy Carmichaelが自分の曲を歌っているもの、The Roger Wagner Choraleが黒人霊歌を歌っているもの、ジェリー・ロール・モートン等々を聴いている。(この辺の音楽好きな方、そこは入り口だ、なんて言わないでね。わかっとりまんがな。)そんな耳でデューク・エリントンを聴いたらとても面白い。昔バッハを聴いた後にベートーベンを聴いたら近づけた気になった時のよう。音楽に孤立した物など無いのだ。